加賀棒茶屋さんのこだわり

「加賀棒茶」というブランドがある。スターバックスのフラペチーノに使われたので、知っている人もいるかもしれない。薫りが最大の特徴で、茶系色でしかも美味しい、でも苦くない。






金沢の東茶屋街に、そのメーカーの喫茶室がある。東茶屋街は人気の観光スポットだ。通りの両サイドは伝統的日本家屋がびっしりと建ち、建物のおもては細木細工で格子に編まれた窓がしつらえられている。真ん中の通路は石畳でできている。通りの突き当たりには緑の樹々に覆われた小山が見える。ここにもそこにも向こうにも、近代を感じさせるものは何もない。この街に来ればたちまちのうちに、異次元の地に立ったと思うだろう。「かつて経験したことがないようなことが経験できるかも」、あなたはきっとワクワクするだろう。

加賀棒茶屋さん(丸八製茶場)の喫茶室はその見知の場所の一角にある。ただし「誰でも自由にお入りください」とい気軽さはない。高級鮨屋にも似て、玄関に下がる大きめの暖簾、繊細に組まれた格子の引戸、そしてメニューも値段表示もなくただ店の名前だけが表示されていて、高い店なのだろうと二の足を踏ませる。でもこの街に初めて立った時のワクワクを思い出そう、そしてそれに身を任せて中に入ろうじゃないか。

中は薄暗くて静か、他のお客さんがいても気にはならない。暗さと静けさのせいで少し緊張するかもしれないが、実はそれらはあなたにゆったりしてもらうための仕組なのだ。店員さんが微笑みながらあなたを席に案内してくれる。店員さんは全員女性で薄茶色のブラウスを着ている。その色は薄暗さに溶け込み、これまでの全てはこの薫り豊かな棒茶を楽しむことに焦点が定められているようだ。

しばらくして、それは長くもなく短くもなく、蓋付きの三つの茶碗を載せた板台があなたの目の前に置かれる。小さな紙一枚が渡され、それぞれの茶碗に湯を注ぐ間に三種類の棒茶について説明がなされ、この中からお好みの一点を選んで下さいと求められる。小さな紙はメニューであり、三つの棒茶についてより詳細な説明と値段が書かれている。お茶とお菓子は決して高くはなく、安堵すると同時にこれまでのお店の演出の意図もおぼろげながらわかってくるだろう。それは興味本意の旅行者とあなたを分け隔てるためであり、喫茶室の雰囲気を台無しにしないこと、つまりあなたに心ゆくまでお茶を楽しんでもらうためだということを。三つのお茶はどれも薫り豊かだがそれぞれに個性があり、お好みの一品を選ぶのは簡単だろう。目の前のセットはお茶を選ぶためだけのもので、店員さんはそれを引き上げて、あなたが選んだお茶を作り始める。素敵な日本の陶器茶碗に入れられて和菓子と共に提供される。あなたは入れ立てのお茶をゆっくりと楽しむ。そうしている内にメニューにない小さめの茶碗が出てくる。お店のサービスだという。それは今までのと負けず劣らず薫り豊かだ。お茶だけであなたはおもてなしの奥深さを知りえるだろうし、そしてここにお茶屋さんのこだわりがある。

加賀棒茶のミニ歴史

茶道は加賀藩の武士と上級商人の間で流行っていた。一方で棒茶は庶民向けだった。棒茶の主題は美味しくて安い、だった。そして時を経るごとに味の改良がなされた。それはもっと美味しいお茶が飲みたいという市民の声に答えるためだったかもしれない。そして昭和の終り頃になって、お茶屋さんは昭和天皇に飲んでいただくための特別な棒茶を開発した。天皇はそれを好まれ、そのことが「献上棒茶」として加賀棒茶の人気に火を付けた。

お茶屋さんの努力は、加賀の職人たちの根本的振る舞いと言ってよい。付け加えると、加賀棒茶は加賀の茶道文化の上に成り立っている。武士と上級商人は何世紀にも渡って茶道を愛した。そしてそれがために、金沢の周辺に茶畑を開墾した。茶道で使うのは茶葉だけ、茎は棄てられていた。お茶を飲んだことのない町民にも飲めるように茎を焙煎しようと誰かが思いつき、棒茶が誕生した。そして現代の喫茶室の店員さんの振る舞いも、茶道の見えない作法の中にあるものだが、それを言葉で言い表すことは難しい(とても多くの言葉を要する)。だから東茶屋街に来てこの喫茶室の暖簾をくぐれば、店員さんの仕草を通じて知ることができる。


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