施湯と仏教




災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。これは仏教の教えだが、僕はこの教えに馴染めていない。妻と僕は2月半ばから休日は極力家でじっとしている。コロナウィルスのせいだ。一方で極度の行動制限は気分をどんよりさせるし、そんな気分でいると免疫力を下げてしまう。逆に外出してお金を使えば僅かとはいえ経済に寄与するだろう。加えてCOVID-19 との戦いは続いていて、収束がいつかも知れない。そういうことを考慮して、休日は家の中と決めた状態から、感染を避けつつ免疫力維持のための適度な活動とのバランスをとる状態にシフトすることにした。そして有馬に行くことにした。

有馬温泉の起源

まずは有馬湯泉神社に行った。街中の丘の中腹にあり、長い石階段が目の前に立ちはだかった。階段を登ること数分間、そして社に着いた。神社は古いが、暖かくて穏やかな気配だ。






神社の由来によると、オオナムチノミコトとスクナヒコナノミコトが有馬温泉を見つけたとある。そしてこのことは日本書紀に記載されている。加えて三十四代の舒明天皇が長く滞在している。




施湯の効用

神社のそばに温泉博物館がある。そして小さな蒸し風呂が展示してあり、豊臣秀吉が作らせたものの複製だ。どうして温泉地に蒸し風呂なのか?






僕たちのお風呂は40度から43度の湯に体を浸す。しかし江戸中期以前は入浴とは蒸し風呂に入ることだった。だからたくさんの露天風呂がある有馬に蒸し風呂が作られた。






入浴の効用は健康だったのだ。そこで入浴による健康の広がりについて話を進めようと思う。

人々の救済のために

博物館のそばに僧侶の銅像がある。行基像であり8世紀で最も有名な僧侶だ。有馬温泉を見つけたと言われている。行基は日本のあちこちで橋を作り井戸を堀ったり、色んな方法で人々を救済したと言われ、人々に篤く拝めらた。しかし行基が行った各地の救済の業績は正規の記録には無く、全ては伝承だ。有馬温泉を見つけた人が行基であったかどうかという事実がどうかと言うよりも、僕は人々の健康への願いが行基伝承を産んだことの方に意識がいく。大きな意味で、当時の人々は入浴はいのちの救済だと考えていたのだと思う。






寺院は人々に施湯を施した。8世紀以降のことだ。健康保持と病気を治すためだ。もちろん、蒸し風呂だ。

薬師如来は東方浄瑠璃世界に住む。その世界は七宝、瑠璃、金、銀、水晶、瑪瑙、シャコガイ、珊瑚で飾られていると言われる。薬師如来の特徴は左手に茶壺を保持する。薬師如来は人々の健康に生き、それこそ人々の最大の効用だった。薬師如来は施湯に通じ、だから施湯場には薬師如来が置かれていた。






残念ながら、江戸中期以降銭湯が街々で建てられ、施湯は廃れた。今日お寺で施湯を見ることはない。日本では瑠璃は取れない。なので浄瑠璃世界を現した場所は未だかつてない。薬師如来と施湯を見てみたい。できることならば、七宝に飾られた施湯場も見てみたい。施湯、薬師如来、瑠璃世界のセットは健康に良いに違いない。COVID―19に抵抗力をもたらす免疫力を高めるに違いない。

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